8冊目のノート終了。残り246日

最近、電験寺の修行僧もいよいよ気合が入ってきて、

1日1年分の過去問を解くという目標を作った。

昨日が平8年、今日は平成9年の過去問を終わらせた。

この問題を解くのも今年3回目だろうか。

何となくだけど解答の道筋はわかるようになってきた。

相変わらず計算のミスをしてしまうが。

ノートの8冊目が終了した。



アウトプットの学習に入り若干スピードが上がった。

残り246日。

毎日1問解けば、12周程解けるだろうか。

1日9問程解くとして、試験日までに約2200問。

このペースは維持したい。

これからの予定としては今月いっぱいは、
平成7年から平成12年の問題と付き合って、
5月からは平成13年から平成17年の問題を解いていく。

使用しているチェック表である。



出題周期的には、平成13年から平成17年の問題が怪しい。

10年以上経過した問題など覚えているはずがないからだ。

と考えたけど、
戦術や計算の攻略は平成7年から平成23年あたりの問題がかなり掲載されているので、
受験生にとっては解けて当たり前なのかもしれない。

試験は、評価を第三者に委ねるので、
仕事のように、これをやっとけば終わり!
というのがない。

毎日毎日勉強していても本当にこれで大丈夫なのか?
という不安しかない。

昨年、1000時間近くに渡り命を削って取り組んでもたった数時間の試験でやり直しだ。

いくら練習で解けても、
その日のコンディションに左右される。

たまに試験の夢を見てうなされて目が覚める。

そんな不安を打ち消す為にも
勉強、勉強、STUDYである。

試験の合格は結果として与えられるものとして捉え、今は自分が作った勉強計画の遂行に全力を注ぎたい。

邪念を振り払い自分を信じきるのだ。

とにかく明日も過去問に集中だ。











勉強の状況と東京オリンピック。残り243日

今日は3時頃起きた。

1日に過去問一年分という作戦は結構いい感じで進んでいる。

いつのまにか自動制御の問題は苦にせず解けるようになっていた。

ラプラス変換もいつのまにか出来るようになっていた。

普通の人に比べて習得はかなり遅い方だが、めげずに続ければいつか解けるようになる。

アタクシは、このへんちょこ日記を通して、
出来るようになりたいと思いながら続ければなんとかなるもんだ。
ということをわかっていただければ嬉しいと思っています。

今日で平成12年が終了したので、明日からまた平成7年を順番に解いていく。





得意なもの、苦手なものの仕分けがだいぶ出来てきた。

やはり計算がめんどくさいのは敬遠しがちだ。

虚数と小数点が絡むとこんなにもめんどくさいのかと毎回思う。

本番では避けたいが、それしか解けそうなのがなければ勝負するしかない。

今のところ周回のスパンが短いので完全に忘れる前に解くことができている。

これも
おやおや、解けるようになったかもしれないぞ。と思える原因かもしれない。

全然解けないと思うより、解けるようになってきているという実感の方が精神的にも心地よく、
それが勉強のモチベーションに繋がっている。


4月は平成13年から平成17年。
5月は平成18年から平成22年。
6月は平成23年から平成26年。

今のところ予定に変更はない。

そして、早くも11月のホテルを予約した,

集中力をやっと取り戻しつつあるので
これからどんどん電験鬼モードになるだろう。

新型コロナウイルスの影響でオリンピックも延期になるかもしれない。

来年は電験二種の合格者としてオリンピックを見たい。




小学校卒業と電験と。残り241日

娘が小学校を卒業した。

自分が電験3種に合格した時まだ、保育園に通っていたので、月日が経つ早さとその残酷さに
驚きと虚しさと恐怖が交錯した複雑な思いに浸っている。

ビルメンとして家族とのんびりした毎日を過ごすか、将来の飛躍のために10年間勉強をつづけるのか。

何もしなければ、娘たちとも普通に遊んでいただろうけれど、
電験3種合格以上の実績作りや転職活動はなかったと思う。

自分は電験道をひたすら進んできたけれど、
電験の勉強、そして電験日記のおかげで、
読者の方から仕事を紹介して頂いたし、

これからは、だいぶ生活も楽になるだろうから、
電験道を選んだことが正解であったと信じたい。

電験道を行く。

それが答えだ。

自分自身、余暇時間ほぼ全てを勉強に使い、
出来るだけ短期間で合格しようとしている。

しかし能力の限界からか二種の勉強も4年目になってしまった。

1次試験のやり直しをしなかった場合の最長のチャレンジ期間は4年である。

ここで失敗してしまうとまた1次試験からの勉強が始まり、1次試験は1発で合格出来ないだろうから、
さらに4年ほど勉強をしなくてはならない。

そうこうしているうちに、娘はあっという間に中学も卒業してしまうだろう。



写真立てにある娘を見ながら、
気合いを入れて今日も勉強を続ける。











久しぶりの寝坊。残り240日

今日は久しぶりに寝坊した。

起きたら5時半になっていた。

1度寝で起きたのが敗因だ。

1日分の貯金を作っていたけどそれを放出してしまった。

やってしまったという悔しい思いもあるけど、
気持ちを切り替えて短い時間でも集中する。



コロナウイルスは段々と身近なものとなりつつある。

外国からの持ち帰りが多いようなので、本気で食い止めようと思ったら、渡航制限をするべきだったのかもしれない。

だけどやりすぎだとの声や経済活動との折り合いもあるし難しかったのだろう。

このまま本格化すると、
電験二種の1次試験の実施は難しいのではないか。

6月からは電気関係の国歌試験も始まると思うけど
どうなるのだろうか。

こちらとしては、感染予防に気をつけながら
ひたすらに勉強を続けるしかない。

現在の仕事の方はだいぶ片付いてきた。

残り10日ほど出勤して終了だ。

結局有休休暇は半分以上消費できずに辞めることになりそうだ。

今までたくさんお世話になったので、最後の奉公だと思って勤めたい。

引き続きをやっているが、
機械が自動化されておらす、
大部分が経験と勘で頼る制御をしている。

そこを伝えるのが難しい。

トラブル対応にしても、一つ一つ違うのでマニュアルなんてものはなく、試行錯誤しながら解決してきた。

投げ出すのではなく、基本的な動きを考えて、
どう一時的に凌げるかを考えないといけない。

のんびり過ごしていたようで、
結構頭を使っていたんだなぁと思った次第。










ノート9冊目終了。残り239日

平成12年の過去問が終了した。

そしてノート9冊目が終了。

10冊目に入った。

9冊目は約一週間で終了した。



ある程度、6年間分の過去問が解けるようになった気もするので、
明日からは平成13年から平成17年の5年間の問題を解こうと思う。

平成12年までの積み上げがあれば解けるのではないかと思ってしまうが、

5年では出題されることが全く重ならないので、またイチから考えることになるだろう。

20年周期でみてやっと類似問題が出題するかというような感じだ。

やはり過去問は20年間分は解いた方がいい。

かといって21年目の問題が解けるかというと、
そんなわけもなく合格と不合格のギリギリをさまようラインになるだろう。

過去問を解きながらその中の真理や本質というものを抽出し、それを完全に会得しなければ合格は程遠い。

そのための修行なのだ。

日々是修行也



第2パートに突入するけど、
平成12年の練習が必要な問題もたまに解いてカバーしたい。

試験終了から100日以上経過してしまった。

自分は試験終了後からどうであったのか。

はっきりと思い出すことはできないけれど、
合格するための計画を立て計画通りに進んでいると思う。

すんなりと試験に合格してしまうより、何回も失敗してやっと合格できた方が、嬉しいに違いない。

負け惜しみかもしれないけれど、

そうやって自分を励ましながら勉強を続ける。

アディオス。





ビルメン生活15年間を振り返ってみて。残り237日

もうすぐアタクシのビルメン生活も卒業である。

これまでアタクシがどんな感じで過ごしてきたかを、資格取得をたどりながら振り返りたい。

アタクシは30過ぎに電気工事士会社に就職した。

その頃はまだ独身であった。

入社してすぐに結婚して、電気工事会社2年目に
子供が生まれて、家を購入して会社を辞めた。

転職、結婚、子供誕生、家購入という
とても濃い2年間を過ごした。

サービス出勤やサービス残業超過で子供と触れ合いないことから、精神的にも不安定になり、
親友の紹介でビルメン会社に転職をした。

それが15年前のことである。

転職直後は電気工事士と危険物しか持っていなかった。

その年の8月にボイラー二級取得してと11月に2冷冷凍機を受け1月に免状を取得した。

ビル管理の試験は2年間の実務経験が必要とのことだったので、

翌々年にビル管理の試験、いわゆる建築物環境衛生管理技術者を取得した。

三セット+ビル管理を取得するとビルメンとしては一丁前であり、
ビルメンの給料が安いということも短期間の資格取得のモチベーションになった。

アタクシにとって資格取得は生活費だった。

当時の電気主任技術者の定年をうけ、
電気主任技術者を目指すことにした。

資格手当は安かったけれど、
電験取得は電気工事士受験を決めた時からの
悲願でもあった。

ビル管を取得した後もちょこちょこ電気の勉強をしていたけど、本格的に勉強を開始したのは、
ビル管理会社に入社してから5年ほどの月日が経っていた。

今から遡ること8年前のことである。

元々高校の時は数学が全然出来なくて数字との関わりを避けて生活していたので、
電験数学の習得には熾烈を極めた。

2000時間ほどの勉強でなんとか電験が取得できて、電気主任技術者に選任され現場の主任になった。

電験まで取得すれば
もうビルメンとしては安泰である。
勉強ともおさらばしようと考えると思いきや
電験3種挑戦2年目にはすでにエネ管理の過去問を手に入れていた。

一生懸命勉強したエネ管もやはり2年かかり、
エネ管理取得の翌年に電工一種と消防設備士、
その翌年に一級施工管理を取得した。

年齢と資格と勤続年数で主任になったものの
自分はまだまだ未熟であるとの思いから勉強を続けた。

電験2種の勉強を開始したのも電験3種で問われた範囲を完璧にマスターするという目的があった。

しかし独学で勉強を続けても続けても、自分が未熟である、下手するとお山の大将みたいな存在なるという不安は消えなかった。

身近にお山の大将と化した半面教師的な存在の人がいたのだ。

今勤務している建物の取り壊しが決定し、
年齢からくる将来の不安も増した。
いつのまにか相談する方を飛び越え、
相談される立場になった。


電験2種の二次試験が終了した昨年の12月から転職が活動を始めた。

そしてアタクシの
ビルメン生活もそろそろ終了する。

15年間のビルメン生活を振り返っても、
低所得脱出のための資格取得ということだけしかない。

今まではいわば保険のための、守りのための資格取得だった。

電験2種はどちらかというと攻めるため、
生活環境を大幅に変えるための資格だと思う。

生活を今のまま変えなくてもいいと思うならば
無理に取らなくてもいい資格なのだ。

技術的に未熟なのは勉強しても変わらないかもしれない。
それを変えたいという思いをもってこれからも仕事に勉強に精進したい。

平成13年の過去問に突入したが、
初見の気分がする。


つづく。