迷いが生じる。残り67日

毎年この時期は本当に我武者羅に勉強しているはずなんだけど、
一向に勉強が捗らない。

「わかった!!絶対に勉強机がないせいだ」と
悟り2日間で机を作った。



大きさは600×2000



全体的にはこんな感じである。

前の家で娘たちにロフトベッドを作ったので、
それを解体した廃材で作ったので
費用はオイルステイン代の1780円てあった。

こうして、徐々に勉強モードに持っていこうとしているのだが、

まだまだ気持ちに迷いがあるようだ。

自信のなさが迷いに繋がっているのだと思う。

要は自分に勢いが足りないのだ。

生き方に勢いがないとフラフラと迷走する。

他を突き放すような勢いと自信で勉強に打ち込みたい。

こういう時に滝などにあたるといいのかもしれない。

ここ数ヶ月で老眼が進行し、眼鏡をかけたままだと、
ノートやテキストの字が見えない。

かといって、メガネを外すと近くの物以外何も見えない。

目の焦点が合わない感じだ。

焦点までも迷いが生じている。

思いきって、紙ノートや紙のテキストからiPadの電気書籍で学習することにした。

自由自在に拡大縮小出来るのでとてもいい。

しかし、テストは紙だよなと気づき、

そろそろ紙に書こうと思う。

最近、電験受験者や電験合格者がSNSなどを利用する機会も増えてきた。

ネット内の合格率が9割を超えているため、
電験2種が非常に簡単な試験に思われているかもしれないけど、

やってみるとこれがなかなか難しい。

さすがにこれどうやるんだっけと
悩むこともなくなってきたけど、
白紙の状態から自力で解くとなると全然である。

とにかく、繰り返し解いて電験脳に戻さなければ!

と思いいつつも、ついついサボりにシフトしてしまう。

昨年の電験が終了し片目の視力を失いかけた時に、
今度受験することがあってもこのように自分を追い込むことはもうやめよう。

次挑戦することがあっても、
まったりと電験に付き合おうと決めたものの、

ここ数ヶ月の自分を姿を振り返ってみるに、
どうもそれではダメみたいだ。

心の中の天秤が
電験の方ではなく、サボりに勢いよく傾いてしまう。
サボりのウエイトが明らかに重い。

勉強天使の声も悪魔の囁きにかき消され、
なおかつ悪魔には説得力があるものだから、
本当に無理ゲーである。

こうして今年のテーマに掲げた「with電験」は失敗に終わった。

残念ながら自分を変えることが出来なかったのだ。

素の自分の心の弱さはまさに絹ごし豆腐ハート。

絶望、屈辱、嫉妬、無気力。
いろんな負の感情がこれでもかと勉強の邪魔をしてくる。


やはり電験には全ての欲を断ち、
修行僧のように本気で立ち向かわないと勝てそうな気がしない。

アタクシの邪念は増幅しないように全て捨てるのだ。

その思いも込め、DIYの鬼となり机を作った。


まずは電験寺の勉強といったらこれ、
やらないことリストを作る。

やらないことリスト

Twitterにアクセス。
ゲームをすること
マンガを読む。
アニメを見る。
ネットショッピング。

今度更新する時は、
勉強の鬼になっていることを期待して今日のところは終わりたい。









絶不調!!!(残り86日)

昨年、一昨年、3年前、4年前、5年前、
思い起こせばここ10年、今頃は猛烈に勉強していた。

そして、今、どうしても心を勉強モードに乗せきれていない。

職場に行けば職場の愚痴に耳を傾け、
それを心に溜めないために、家に帰って愚痴をこぼす。

そんな毎日だ。

毎日、毎日なんだかとても疲れる。

そもそも、ネガティブな意見を聞いて、
いい気分になれる人っているのだろうか。

他人は変われない。
ならば自分を変えるしかない。

と、アタクシは常々考えてきた。

その延長として自分が変われば他人も変わるという言葉もあるけど、
それは己のエゴであるとアタクシは思っている。


さて、
お腹が空いた時にある人がリンゴをくれた。
ありがとうと受けとった。

普通はこれでいいはず何だけど、
その善意に対し、
そんなに俺がみすぼらしく見えるか?
とか、何の見返りが必要なんだ?
とか、そもそもアイツの施しは受けたくないとか、
いいながら断りつつも、

いざ、誰からもリンゴを貰えないと貰えないで、
世間は冷たいとか愚痴をこぼす。

そして、自分の施し対しての見返りを期待する。

貰ったら、ありがとうと受け取る。
苦しかったら自分から助けを求める。

行為だけを素直に受け取りましょう、
忙しかったら助っ人を呼びましょうと、
他人の心に踏み込む必要はないですよと、
現代人は結構ドライですよと、
何となく遠回しにアドバイスしても、聞く耳を持って貰えない。

そして同じような愚痴が永遠に続く・・・

苦しかったらあえて笑うというのがアタクシの信条にあるので、アタクシは笑って聞いている。

聞いていたんだけど、
最近アタクシにも心の余裕がなくなったようだ・・・

と、読んでくれた人に申し訳なく、あまり愚痴は書きたくないが、1度書き出すと気がつけばアタクシも愚痴を書いている。

勉強をしていると何となく、
気づけば自分しか勉強していないのではないかというゾーンにはいり、勉強が無駄に思えて馬鹿らしくなってくる。

簡単な試験に合格出来なかった電験寺という言葉が
ぐるぐると頭を回ってくる。
リセットというのがこんなにツラいものだとは思わなかった。
たぶん、経験した人しか分からないのではないか。

あーいやだ。
心底こんなこと書いている自分がイヤになる。

このブログを書き始めた時、
出来るだけリアルな心境を書こうと心がけてきた。

正直に書くと最近モチベーションが全く上がらない。

モチベーションが上がる時って自分の中ではどんな時だろうと考えてみた。

逆に上がらない時はどんな時?

上がらない時は、死をかなり意識した時だ。
死というより、死にたくないと思った時、
勉強より今を楽しく生きる方が大切だ!
となって、楽しいこと、ダラダラする方に流れてしまう。

その心境を超え、死というものを受けいれ、
死んでもいいから、来るかもしれない未来に向け1分1分を大切に全力に生きようと思えた瞬間、
自分を追い込めるということに最近気づいた。

生の執着ではなく、死の覚悟。

これがアタクシにとって結局は
強く前向きに生きるという方に繋がるに違いない。

今年は全教科受けることになったので、
勉強も全教科やり直すことにしている。

今更だけど、1週間の予定を作った。

月曜日 理論・法規
火曜日 理論・電力
水曜日 理論・機械
木曜日 理論・法規
金曜日 理論・電力
土曜日 理論・機械
日曜日 理論

こんな感じである。

過去問学習はダメという意見もあるけど、
アタクシの場合は、たぶん基礎的な物があるんだけど、

応用、色んな基礎部分をこねくり回す算数の文章問題的な考え方が出来ないようなので、
色んな解法を勉強して応用力を鍛えたいと勝手に思ってます。

頭のいい人は、基礎の応用が簡単に出来るから、
問題集が必要ない。

アタクシみたいな凡人は、
応用(過去問)を学習して、基礎の着目点がわかる。

テキストの基礎の内容がやっと自分の言葉で理解できる。

色んな意見があるかもしれませんが、
その繰り返しで何とかここまでやってきたので、もう少し頑張ってみます。




自分の年齢に2を掛けてみる。(残り96日)

自分の年齢に2をかけてみる。

意識したことがあるだろうか。

若い人でも意識して欲しい。

30を過ぎたあたりから、
自分の年齢に2をかけ将来の自分をイメージしてきた。

何故そんなことをするようになったかというと、
20代の頃、何回も読んでいた
春本昌平の作品「キリン」というバイクマンガの影響である。

主人公は38歳のおじさんであったが、
38歳という年は
人生の折り返し地点であると書いてあった。
人生の折り返し地点に体を鍛え、
ポルシェと首都高バトルをしておった。

おじさんだったけれど、
可愛い彼女も出来てなんだか幸せそうだったことも思い出した。

そして、自分自身いつか欲しいと思っていた
ニンジャ(GPZ900R)も買えなかったし、
限定解除すらしなかったことも思い出した。

夜に思ったいつかいつかは、
明日行動を起こさなければ幻に終わる。

将来ポルシェに乗ろうと企んでいたけど、
家を買ったのでそれも消えた。
それはそれで良かったのかもしれん。

ところで、
アタクシの今の年齢は折り返し地点所ではない。

残念なことに
2倍するとこの世に存在していない\( ˆoˆ )/‬

40代は「死」というものを意識するようになると書いてあったが、

40も半ばを超えると本当に意識し始める。

引越しを機に物を捨てた。

いつか読むつもりだった本、
遊ぶつもりだったゲーム、
作るはずだったプラモデル。

使ってあげれなかったモノたちに申し訳なく思った。

やりたいことが盛り沢山のアタクシにはもう、
これまで自分が溜め込んだもの達を消費する時間もないと感じた。

年齢を2倍した時にこの世にいないということを意識して、片付けをするとなんだか哀しい。

しかし物がなくなると、
なんだか肩の荷が下りた気がする。

自分の所有物=この世の未練。
と考える。

物が多いほど、未練が強くなり哀しくなってくる。

これが断捨離の原点ではないか。

これからは、自分のためにお金を使うことは辞めようと思う。

少しはお金も貯まるだろうか。
貯めて何をするものでもないけど。

残された時間がない分、今何をすべきかは常に考えなければならない。

お金より時間の価値が益々高くなる。

勉強はこれからも続ける。

優先順位は家族、勉強、仕事の順番である。

昨年までのように我武者羅には出来ないけれど、
勉強はライフワークとしたい。

アタクシより上の方でも果敢に電験に挑戦されているので、年齢を理由に辞退は出来ない。

先輩方や、同年齢の方々の努力は
自分にとってかなりプラスになっている。

本当にありがたい。合掌