中年クライシスなんだな。残り33日

時々、なんというか人生の見えない壁みたいなものにぶつかる時がある。

昨年から今年に入ってからは、それが頻繁にくる。

夜、不安で眠れなくなる。

体力的な限界。

将来が見えてきたこと。

親が日に日に老いていくこと。

会社に自分の子どものような年齢の若者が入社し
活躍していること。

ふと、自分は何が楽しみで生きているんだろうと考えてしまう。

これから先何か楽しいことは起きるのだろうか、
生きていても待ち受けるのは悲しいことばかりではないのか。

こんな悲しみや寂しさを味わうために生まれてきたのか。

そもそも諸行無常って悲しいことなんだな。

今、自分は、
中年が陥るとされるこころの危機的状況にある。
いわゆる中年クライシスというやつだ。

お酒とかパチンコとか楽しみがあれば少しは気も晴れるのかもしれないが、

お酒もギャンブルも楽しめない自分は、
ただただ悶悶と中年クライシスと対峙している。

今はとにかく家族の幸せを願い、自分が頑張ることで
家族が笑顔になるならとその1点の柱でその日を生きている。

強いようで脆い柱だ。

気がつくと試験まで残り33日。

電験2種試験を受け続けるのも年収を上げたいという一心だけである。

そこにはもはやロマンもへったくれもない。

泣きごとばかりで申し訳ないが、
毎日心も体も本当にキツい。

このままだと
今年は記念受験になる公算である。

職場の状況、プライベートのこと、
いろいろありすぎて、ここ2週間ほど勉強が全く手につかない。

勉強に欲がわいてきて、
昨年のように本気になれる日はくるのだろうか。

とりあえずは「生きる楽しみ」を見つけたい。

ゴン太逝く。

飼い犬のゴン太が息を引き取った。

たぶん昨日の22時から24時の間だ。

22時、苦しそうに吠えるゴン太の周りを家族で囲み、

みんなの声を聞かせた。

すると静かになった。

苦しそうに甲高く鳴いていたけど、
ウォンと鳴いた。

多分その時に息を引き取ったのだろう。

私はそうとは気づかず、
ゴン太が静かになったのでそのまま自分も寝てしまった。

私は5時に起きた。
犬部屋に行き、ゴン太の体に触れる。
体はほんのり暖かったけれど、
息をしていないようだった。

だけどお腹が息をしているように見える。

気のせいだった。

しばらくすると、どんどん冷たくなっていき、
気がつくとゴン太の体が硬直してきた。

あんなにうるさかった犬が静かになると、
ホントに寂しくなるもんだ。

あんなに手がかかる犬が突然いなくなると、
ホントに悲しくなるもんだ。

お金もいっぱいかかった。
総額100万ぐらいはかけた。

だけど、金額じゃないんだなと思う。
あと数十万かかったとしても
それで救えるならば、救ってあげたかった。

義父の形見の犬だった。

その義父も知り合いから、
「飼えないから処分する」ということを聞き、
引き取って飼い始めたということを今日義母からの話で知った。

それを聞くと、
もっと愛情をかけられたんじゃないかと悔やむ。
今思うと、誰にでも人懐っこく優しい犬だった。

ただただ涙が止まらない。

火葬して、大きなゴン太は小さくなった。

自分は動物が好きではない。
可愛いとは思うけど、こんな思いになるのがわかるから、もう飼いたくない。

ゴン太は私の飼う最後のペットになったと思う。

さようならゴン太。

僕らの所には、お腹が空いた時だけ来て、
あとは、自由に大空を走り回ってください。



















迷いが生じる。残り67日

毎年この時期は本当に我武者羅に勉強しているはずなんだけど、
一向に勉強が捗らない。

「わかった!!絶対に勉強机がないせいだ」と
悟り2日間で机を作った。



大きさは600×2000



全体的にはこんな感じである。

前の家で娘たちにロフトベッドを作ったので、
それを解体した廃材で作ったので
費用はオイルステイン代の1780円てあった。

こうして、徐々に勉強モードに持っていこうとしているのだが、

まだまだ気持ちに迷いがあるようだ。

自信のなさが迷いに繋がっているのだと思う。

要は自分に勢いが足りないのだ。

生き方に勢いがないとフラフラと迷走する。

他を突き放すような勢いと自信で勉強に打ち込みたい。

こういう時に滝などにあたるといいのかもしれない。

ここ数ヶ月で老眼が進行し、眼鏡をかけたままだと、
ノートやテキストの字が見えない。

かといって、メガネを外すと近くの物以外何も見えない。

目の焦点が合わない感じだ。

焦点までも迷いが生じている。

思いきって、紙ノートや紙のテキストからiPadの電気書籍で学習することにした。

自由自在に拡大縮小出来るのでとてもいい。

しかし、テストは紙だよなと気づき、

そろそろ紙に書こうと思う。

最近、電験受験者や電験合格者がSNSなどを利用する機会も増えてきた。

ネット内の合格率が9割を超えているため、
電験2種が非常に簡単な試験に思われているかもしれないけど、

やってみるとこれがなかなか難しい。

さすがにこれどうやるんだっけと
悩むこともなくなってきたけど、
白紙の状態から自力で解くとなると全然である。

とにかく、繰り返し解いて電験脳に戻さなければ!

と思いいつつも、ついついサボりにシフトしてしまう。

昨年の電験が終了し片目の視力を失いかけた時に、
今度受験することがあってもこのように自分を追い込むことはもうやめよう。

次挑戦することがあっても、
まったりと電験に付き合おうと決めたものの、

ここ数ヶ月の自分を姿を振り返ってみるに、
どうもそれではダメみたいだ。

心の中の天秤が
電験の方ではなく、サボりに勢いよく傾いてしまう。
サボりのウエイトが明らかに重い。

勉強天使の声も悪魔の囁きにかき消され、
なおかつ悪魔には説得力があるものだから、
本当に無理ゲーである。

こうして今年のテーマに掲げた「with電験」は失敗に終わった。

残念ながら自分を変えることが出来なかったのだ。

素の自分の心の弱さはまさに絹ごし豆腐ハート。

絶望、屈辱、嫉妬、無気力。
いろんな負の感情がこれでもかと勉強の邪魔をしてくる。


やはり電験には全ての欲を断ち、
修行僧のように本気で立ち向かわないと勝てそうな気がしない。

アタクシの邪念は増幅しないように全て捨てるのだ。

その思いも込め、DIYの鬼となり机を作った。


まずは電験寺の勉強といったらこれ、
やらないことリストを作る。

やらないことリスト

Twitterにアクセス。
ゲームをすること
マンガを読む。
アニメを見る。
ネットショッピング。

今度更新する時は、
勉強の鬼になっていることを期待して今日のところは終わりたい。